祇園祭はうちらの祭りやおへん 京都の風景ー昭和編その1

今、京都は祇園祭り一色、最近、前祭と後祭に分けて開催されるようになって余計に長く感じられますが、元々有名な鉾立てや巡行などの他にも色々な行事があって1か月位は続くんですが。
祇園祭といえば、ほとんどの人が京都市民が一丸となって昔から続いているように思われますが、実は違うんです。
 祇園祭は祇園社(今の八坂神社)の祭りであり、八坂神社の氏子さんの祭りです。
たまたまそこが四条通りを含む京都の中心地であり、富裕な商家が氏子さんに多かったがために、いきおい山車が派手になったということでしょうか。
 京都にはたくさんのお寺とともに神社も多くありますが、それぞれの地域の神社は昔から氏神さんとしてその地域の人たちに親しまれ熱く信仰されてきました。
 例えばユニテがあるこの地域の氏神さんは熊野神社さんです。熊野神社も4月に御神輿の巡行などの祭礼があり、地域の氏子さん達が参加されます。
 私の子どものころ住んでた西陣は「今宮さん」こと今宮神社が氏神さんでした。
4月には「やすらい祭り」、5月には「今宮祭」があり、御神輿も出ましたし華やかでした。特に今宮祭の還幸祭は「お旅」と言って、
多くの縁日、夜店の屋台が出て私たち子供にとっては何よりの楽しみでした。
 そんなわけで、その頃の自分たちにとっては、祇園祭といっても、どこかよその町の祭りといった感覚で、そんなに興味はありませんでした。
 マイカーも今ほど普及してなくて交通機関もメインは市電という時代ですから、よけいそうなのかもしれませんが、地域地域に自分たちのテリトリーがちゃんとあり、近くには散髪屋さん、お風呂屋さん(銭湯)、お菓子屋さん、本屋さんなどもそろっていて、商店街に行けばもっと多くの小売店が軒を連ねて繁盛していました(子供にとっては一番の関心はおもちゃ屋さん、大人は飲み屋さんか)。もちろん映画館なども近くに2,3件ありましたから、わざわざよその町である四条界隈とかに出る必要はなくすべてが自分たちのテリトリーのなかで充足していました。  昨年、巷を賑わせた井上章一さんの「京都ぎらい」にもありますように、ひとくちに「京都」といっても様々で地域によって気質も違いますし、話す言葉も少し違うような気がします。(大体マスコミが言う京言葉って祇園などの花街あたりや商家さんの言葉が多いのかなと思います)(もちろん自分たちのまわりで「~どす」とか言う人は見たことがありません。笑)
 まあ自分の子供時代の印象で綴っていますので、本当のところ大人達はどう感じていたかは、わかりませんし、今は時代も違って全京都的な意識付けもされてきているのかなとは思いますが、それでも中京、下京の人たち以外の年配の大人の方々は未だにどこかクールな感じがするのは気のせいでしょうか。20160721181055.jpg